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父とのこと①

昼間、ケイタイに、父から入電があった。
父が自分から電話してくることは、滅多にない。
「どうしたの?」
と聞くと、「@(弟の名前)の機嫌を損ねてしまった」という。
GWなので、弟は奥さんと子どもを連れて里帰りする予定だったのだが……今日になって、父が百日咳にかかっていたことが判明。急きょ「来ない方がイイ」と連絡したところ、「どうしてもっと早く言わないんだ!」と怒られてしまったらしい(^_^;)
父は検査には行ったものの、症状が軽かったので、まさか百日咳だなんて思ってもいなかったらしく、検査を受けたことを弟には伝えていなかった。で、血液検査の結果が出たのが今日だったので、慌てて連絡したところ、弟はすでに実家に向かっていたらしく、途中で引き返すことになったわけだ。
ま、弟が怒りたくなる気持ちもわからないではない(^_^;)
が、以前の父であれば、「そんなこと言っても仕方がないだろう!!!<(`^´)>」と逆切れしていたところである。
それが今では……
弟に怒られて、ちょっとシュンとしてわたしに電話してくるのだから、人間変われば変わるものだ(^_^)
父は以前にも一度、母に怒られたと言って、同じようにわたしに電話してきたことがあった。
わたしに慰めて欲しいらしい。
だからわたしは、父を慰め、笑わせて電話を切った。
四十路になっても結婚出来ず、仕事でもパッとしない不肖の娘には、そのくらいのことしかしてあげられない。
ただ、父にした約束だけは、何とか果たせたらと思っているのだけれど……



ずっと書きたかった父とのこと、少しずつ、綴ってみようかと思っています。

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父とのこと②

母と結婚する以前、父はかなりなダメ男だった。

中学2年生の時に祖父を病気で喪った父は、親子ほども年の違う長兄に、無理やり船に乗せられることになった。長兄は跡取り息子として祖父と共に漁に出ていたのだが、祖父が亡くなってしまったので、まだ中学生だった父を船に乗せ、漁を手伝わせたのだ。で、そのことを、恐らく父は、恨みに思っていたに違いない。
「親父さえ生きていたら、高校に行かせて貰えたのに」
という父の言葉を、子供の頃何度か聞いたが、本当に悔しそうだった。
どうやら父は、兄弟の中で一番学校の成績が良かったようで、祖父も父だけは「高校に行かせてやる」と言っていたらしい。
が、結局、高校に進学するどころか中学校にさえろくに通わせて貰えなかった父は、どうやらぐれてしまったようで……近所の人たちからは、「@(屋号)の不良」と呼ばれていたそうだ。

母が祖母から聞かされた話によれば……
結婚前、父はとにかく金遣いが荒く、手にしたお金は全て酒代に使ってしまっていたらしい。
このままではいけないと思った祖母は、父を遠洋の船に乗せることにしたのだが……支度金として渡されたお金まで、船に乗る前に全て酒代に使ってしまった。本来この支度金は、船に乗った後の生活費にあてるべきものだったので、祖母は仕方なく、自分のへそくりを生活費として父に渡し、遠洋の船に乗せた。が……
操業中停泊した港でも、父は飲んだくれていたようで……仲間と飲んでいる時に、激しい腹痛に襲われて病院に担ぎ込まれ、急性盲腸炎と診断された。で、緊急手術とあいなったのであるが……大酒を飲んでいたために、麻酔が全く効かなかったんだとか。
この話は子供の頃、父本人の口からも聞いたのだが……
「いや~、あん時はホント、脂汗が出たな」
と、晩酌をしながら呑気な口調で懐かしげに語ってたっけ。

いやホント、話を聞いているだけならね、いかにも海の男(漁師)らしい武勇伝として面白くもあったけど……
お祖母ちゃん、大変だったろうな(-_-;)って、心から同情しましたよ。

で、こんなダメ男が、どうして母と結婚することになったのか?
その馴れ初めは、また次回ということで……つづきます。

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父とのこと③

父がどこでどんなふうに母と出会ったのか。
詳細は知らない。
ただ、父は母に2~3回、プロポーズを断られている。それでも母のことが諦めきれず、自分の姉に頼んで、「どうか弟と結婚してやって欲しい。末っ子だから親と同居する必要は無い」と、母を説得してもらったのだと言う。
で、母は「そこまで言うのなら」と、結婚を承諾したわけだが……
そこまでして嫁に来てもらった母に、父は餌をやらなかった(^_^;)

父は結婚する前に、小さいながらも自分の家を建てていた。この家を建てるために、父は自身の全財産を費やしてしまい、結婚した直後はスッカラカン。しかも、漁師であるにもかかわらず、自分の船さえ持っていなかったようだ。恐らく、それまでは例の遠洋船に乗っていたのだろう。が、結婚を機に、父は遠洋船に乗るのを止め、漁師としても一本立ちすることにした。借金をして、まずは中古の船外機(小舟)を手にいれ、海老を捕る網を仕掛けたり、海に潜ってアワビやサザエを採ったり、見よう見まねで出来ることは何でもしたという。
『父のこと①』でも書いた通り、父は長兄と仲が良くなかったために、漁のノウハウについて身内からは教えを乞うことが出来なかったらしい。と言うより……そもそも、父は他人(身内も含む)に頭を下げて教えを乞うなどということは出来ない人だった。要するに、ものすご~~~くプライドが高い、『俺様』野郎だったのだ。

そんなわけで、結婚当初の生活は非常に厳しく、母は自分の貯金を切り崩して生活費に充てていたそうだ。しかも、やったこともない漁師の仕事を手伝わされ、うまく出来ないと罵声を浴びせられる。「バカ!」だの「のろま!」だの、父にとっては日常会話だったのかもしれないが、怒鳴られる方はたまったものではない。母が怒鳴られるのを聞くたびに、わたしまで心臓が縮みあがった。

今日はここまで。つづきます。

追記:そろそろ仕事に集中しないとヤバイので、しばらく更新をお休みします(^_^;)
また会う日まで、お元気で(^.^)/~~~


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父とのこと④

お久しぶりです(^_^)
まだ通常更新のペースには戻せないのですが、このままだとうちの父のイメージがどんどん悪くなって行きそうなので(^_^;)とりあえず、父のことだけ書いてしまおうと思います。

で、実際のところ、父はものすごく短気でデリカシーに欠けた俺様野郎でした(ボロクソだな)。
例えば①……
気まぐれな父は突然「@@に行くぞ!」と言い出し、そのまま車へ。で、車の中で5分ほど待っても母が来ないと、「いつまで待たせるんだ!」と怒りだすような人でした。
例えば②……
小学校5年生の時、わたしはペンテル主催の絵のコンクールで佳作に入選。きっと褒めて貰えると思い、父に賞状を見せました。が、父はニコリともせずに、「うちの家系には絵の上手い人間なんかいないんだがな。(母に)おまえ、どっかでつまみ食い(=浮気)でもしてきたんじゃないか」と言いました。当時のわたしにはその言葉の正確な意味は理解出来なかったけれど、酷く傷ついた母の顔を見て、父が物凄く酷いことを言ったのだということだけはハッキリとわかりました。
例えば③……
食事中、父はわたしが食べ物を咀嚼する音が汚いと言い、わたしが食べ物を噛むたびに、「そらまたクチャクチャいってる!」と怒鳴りました。わたしはそれが恐ろしくて、御飯は噛まずに丸呑みし、噛まなければ食べられないものは、父のいるところでは食べなくなりました。

まあ、例をあげ始めるとキリがないので、このくらいにしておきますが(-。-)y-゜゜゜

そんな父のことを、わたしは長い間嫌っていました。嫌っていると思い込んでいました。
けれど、本当は違いました。本当は、父に愛して欲しかった。
そのことに気がついたのはいつだったのか? 正確にはもう思い出せないけれど……たぶん、役者の養成所に通い始めた後、自己分析の方法について書かれた心理学の本を読んだことで、わたしははじめて自分自身の深層心理を意識したのだと思います。

長くなったので、今日はここまで。
って、結局また、父の汚名返上はならず(-_-;)
ごめんよお父さん(/_;)

次の更新もまたいつになるかわかりませんが(^_^;)
気長にお待ちくださいませ<(_ _)>

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父とのこと⑤

小学4年生になった頃から、わたしは本気で男の子になりたいと願い、なろうとしました。てか、自分は男の子なのだと、必死に思い込もうとしていました。

「男は人前で泣いてはいけない」
「男は自分より弱いもの(年下の子や女の子)を守ってやらなくちゃいけない」

と、父が弟に諭すのを聞いていたわたしは、まるで自分が言われたかのように錯覚し、その教えを守ろうとして、泣きたい時はトイレにこもりました。いじめられていた下級生をかばって、上級生の男子とケンカをしたこともあります。当然の如く負けましたけど(^_^;)
弟よりも男らしくあることで、弟よりも愛されようとしたのです。
ちなみに、自分のことは「ボク」「オレ」と言っていました。

「ねこきちが男だったら良かったのにな……」

そう父から言われるたびに、誇らしい気持ちになったことを憶えています。

弟よりも愛されるために、勉強も頑張りました。おかげで、小学5年生くらいから、急に成績が上がり始めました。
けれど、なぜなのか? 劣等感が薄れることはありませんでした。

わたしは弟よりも男らしい。勉強も出来る!
そう証明するために頑張っていたわたしは、弟にだけは絶対に負けたくないと思っていました。
反面、弟以外の人に負けることは、なんとも思っていなかったようです。
てか、勝ちたいと思ったこともなかったような……わたしはたぶん、極端に競争心が欠けていました。てか、闘争心に欠けていた? 弟以外の他人と競い合うことは嫌っていました。

ん?

話が逸れてしまいそうなので、元に戻します。

てな感じで、自分は男だと必死に思い込もうとしていたわたしでしたが……
生理がくるたびに、自分が男でないことを思い知らされます。
さすがに、中学校に入学する頃には、自分のことを「オレ」と呼ぶことにムリを感じるようになっていました。

最終的に、男になることを断念したのは、中学2年生の時でした。
修学旅行中に撮影された自分の姿にショックを受けたのがきっかけです。
自分では、男らしく足を広げ、格好をつけて座っているつもりでした。けれど、穿いていたのは制服のスカート。その姿は、自分の想像とは全く異なる、非常に不格好なもので、わたしは心底恥ずかしいと思いました。
で、渋々、自分は「女」なのだと認め、「オレ」→「アタシ」へとさりげなくシフトさせていったのです。が……

それでも、急に「女の子」としての自覚が芽生えることはなく……
高校1年生くらいまでは、男でも女でもない、中途半端な認識のまま生きていました。

またまた長くなってしまったので、つづきます。

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